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Cジェイコブセン(AAUについて)

リンク: SLAM ONLINE | ≫ (Too Much?) Power to Influence.



少し昔のAAU(少年野球のようなもの)にまつわる金銭問題について、元NBA選手のCジェイコブセンが体験を交えて書いた記事より。



「俺は小学校5年の時にAAUのチームに入った。13歳になるころには、試合をしにカリフォルニアやラスベガスを飛び回った。・・・高校になるとAAUの様子が変わってきた。ベガスで毎年開催される大会に行ったときの話だ。俺たちはLAの選抜だった。シーザーズパレスに泊まったり、ショッピングをした。チームの監督兼オーナーはNikeの社員でAAUの世界じゃ名の知れた人だった。彼がみんなをショッピングに連れて行ってくれて、シューズを2足ずつくれた。」



「有望な選手になれば面倒を見てもらえるようになった。シューズでも服でも車でもパーティーでも何でもほしいものをもらえるようになった。いけないことのように思えるが、ずっとこういうことを見ていればそういう感覚はなくなった。」

「・・・Schea Cottonという選手がいた。まれにみる才能の持ち主で、国内の評価が1位で、行きたい学校に行ける状態だった。17歳で体は完成されていた。すべての能力が高かった。だが唯一の問題は生まれたタイミングだった。」


「・・・AAUの人気が高まったのは80年代後半だ。ここで最高のチームと対戦しないとスカウトの目にはとまらなかった。LAの選手がワシントンDCのベストのチームと戦う場所は、AAUの大会以外になかった。選手が自分の能力を客観的に知ることのできる場所はここしかなかった。・・・しかし、Nikeとadidasの市場争いがこの世界を変えた。売上を上げるため、彼らはチームのスポンサーになり始めた。夏の大会にそれほど規制がないのをいいことに、この場を利用した。彼らはいい選手に自社製品を使用してもらうためあの手この手を使った。Cottonもその戦いに巻き込まれた。Nikeは彼を支援し、ネクスト・ジョーダンになることを期待した。だが結果、彼はSATのスコアがふるわず、大学に行く資格を手に入れられなかった。のちに短大に行ったが、期待されたほどには成長しなかった。」


「彼はAAUにおける被害者なのか。俺はそうだと思う。ベガスでショッピングする代わりに学校に行くか練習をしていれば。あと10年遅くに生まれていればNBAに行けたはずだ。彼自身にも非はある。だが彼はまだ子供だった。同情する。・・・KGやSマーブリーなどうまくコントロールできる選手もいるが、そんな子供はごくわずかだ。ほとんどの子供には無理な話だ。」

「・・・”Sole Influence”という本がある。AAUの問題について詳しく調査しているいい本だ。俺がAAUにいた時期のころがテーマになっているから非常に興味深く感じる。この本にはJベンダー、Dジョンソン、Kボガンス、Tチャンドラーなどが出てくる。だがこの本を読んでいると疑問を覚える。どれだけの額が選手に渡ったのか、なぜこういう事態になるのか、と。」

「俺はもうだいぶAAUから遠ざかっているが、大学で監督をやっている兄によると「状況は変わってきているが、働いている人間自体はそれほど変わってない」そうだ。・・・俺は注目が集まるほどの選手ではなかったので、ハングリーでい続けることができた。成長もできた。」



「実力を磨き、知る場所。AAUはそうあるべきだ。それ以外のことは重要ではない。・・・俺はAAUに感謝している。Nikeにも。俺を成長させてくれたからね。だが一番礼を言いたいのは君たち雑誌の編集者だ。大学4年になるまで俺を「トップ25の選手」に入れてくれなかったからね。当時は「こいつら最低だ」と思った。でも今は感謝しているよ。」


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[ 2009/10/08 12:44 ] | TB(0) | CM(0)

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